| 12月 ’11 |
| 17 |
| 3:00 PM |
────寒い師走の17日、地下大学を出前したい。
高円寺北中通りを這い出て、日比谷公園の隣まで出かける。
持っていくのは「もり蕎麦」じゃない。暴言逆巻く沖繩でヘリコプター基地が迫る高江の話と
放射能や再稼働や海外輸出が押し寄せる原発問題をごった煮した「闇鍋」だ。
米軍だろうと、自衛隊だろうと、大企業だろうと、誰が基地や原発を必要としているのか?
霞ヶ関のテントの前には日比谷公園の派遣村があった。
その前には新宿西口の段ボール村があった。そのもっと前から山谷玉姫公園の越冬が続いている。
高江の道端にはいつもテントがある。「オキュパイ」は今始まったわけじゃない。
霞ヶ関を人が渦巻く路地裏の長屋にする時がきた。
「反基地と反原発、未来の想像力」
【出演者】
阿部小涼(琉球大学准教授、「合意してないプロジェクト」)
植松青児(「沖縄を踏みにじるな!緊急アクション実行委員会」、「原発どうする!?たまウォーク」実行委員)
ひまわり(福島育ち、経産省前女性座り込みの事務局)
スターター:平井玄(地下大学)
司会:園良太(東電前アクションなど)
日時:12月17日(土)15時~18時くらいまで
場所:「経産省前テントひろば」
(地下鉄丸ノ内線・千代田線・日比谷線「霞が関」駅A12、13出口を出てすぐ)
主催:「地下大学」
(投げ銭カンパお願いします)
ユーストリーム生中継あり:http://www.ustream.tv/channel/地下大学
原発問題が果てしなく続く一方で、沖縄から田中防衛局長の「犯す」などの暴言が出た。
それは「本土」から沖縄への暴力支配を誰の目にも明らかにした。
中断されていた沖縄島北部、東村高江への米軍ヘリパッド建設工事もまた始まった。
沖縄の自由と生存はめちゃくちゃに踏みにじられてる。
原発の放射能被害を受ける私たちも、自由と生存を踏みにじられてる。
どうしたら良いかわからない状況の中で、街頭デモに出て、「ひろば」に集まり、声を上げる。
そこに飛び出した沖縄への暴言。沖縄で高まる怒り。ただ私たちの多くは原発に手一杯で
つながりきれていない。でもたとえ原発を全部なくせても、沖縄に基地が残り続けるなら、
一部に負担を押しつけたまま。また福島に放射能被害が押しつけられるなら
それも同じ事になる。もう終わらせよう。
どうしたら「反原発」の中味を深め、手詰まりを越えられるか。
どうしたら沖縄から基地をなくせるか。一緒に話し、多様な出会いを生み出すことで未来が見える。
原発も、基地も、国家の支配体制の問題なのだから。
沖縄ー東京ー福島の話を往復しながら、自分たちが今やっている反原発運動の課題ともからめながら語ろう。
多くのご参加を!
| 11月 ’11 |
| 22 |
| 7:00 PM |
────東北育ちの元少年たちが「放射能と労働の地理」を語り合う。
入江公康(サンジカリスト労働運動史)
小倉利丸(経済学)
原発震災は何ひとつ終わっていない。
海に流れ、魚が食い、花粉に飛び、ガレキの山になる放射能がやってくる。
だらだらと核分裂し続ける崩壊した原子炉建屋の中で働くたくさんの人々。
次の地震はいつなのか?
傲慢な大電力消費地・東京に放射性廃棄物を持っていけ!
──というフクシマの声が聞こえる。
少年時代に仙台や郡山を駆け回った二人の労働経済の思考者たちと、
東京フリーターたちが語り合う。
【日時】11月22日(火)19時~
【場所】素人の乱12号店・きたなかホール(高円寺)
杉並区高円寺北3丁目8-12 フデノビル2F 奥の部屋
(北中通り沿いアヤマ接骨院脇の階段を昇って奥)
http://trio4.nobody.jp/keita/shop/12/map.html
【料金】資料代500円+投げ銭(自由意思)
| 10月 ’11 |
| 15 |
| 7:00 PM |
────鍋やフライパン轟くブエノスアイレスから、タハリール広場、アテネ、ロンドン、ニューヨークへ
廣瀬純+地下の人々
デモはバラバラ細切れにされ、何もしないのにどしどし逮捕される。
冗談が多すぎる事態が東京では続いている。
警察の皆さまは、いったい何をブロックしたいのか?
資本主義は終わるのか?
もしかしたら、もう終わっているのか?
「みんな出て行け ! 」と鍋やフライパンを叩いて人々が叫んだ、
あの2009年のブエノスアイレスを想い起こそう。
リベルタンゴの街にシャリヴァリ(猫騒ぎ)が響く街角から、
地球を吹き荒れる「デモと広場の自由」の声を聴き取る。
【日時】10月15日(土)19時~
【場所】素人の乱12号店・きたなかホール(高円寺)
杉並区高円寺北3丁目8-12 フデノビル2F 奥の部屋
(北中通り沿いアヤマ接骨院脇の階段を昇って奥)
http://trio4.nobody.jp/keita/shop/12/map.html
【料金】資料代500円+投げ銭(自由意思)
| 9月 ’11 |
| 27 |
| 7:00 PM |
────ギャングスター文化と反人種主義運動
毛利嘉孝+平井玄+二木信
反原発運動の胎動は、蛇行する世界のうねりの中で起きている。
9月11日の脱原発新宿デモでは、12人もの友人たちが逮捕され自由を奪われた。
東口広場は真っ白い金属ボードで覆われ、べビーカーに赤ちゃんを乗せた
お母さんたちは警官から罵声を浴びて追い払われてしまったのである。
この当局の対応に何か異常に過敏なものを感じないか?
彼らはいったい何を恐れているのか。
カイロからアテネへ、バルセロナからロンドンへと
広がった「都市の爆発」の現場では何が起きているのか?
マーク・ダガンが殺され暴動が起きるきっかけとなった街トッテンナムや、
3人のイスラム系が殺されたバーミンガムを歩いてきた毛利嘉孝さんと話し合いたい。
そして、ロンドンの街路がどこに繋がっているのかを考えよう。
※アーカイブ(前半)を公開しました。Time: 01:09:20
【日時】9月27日(火)19時~21時
【場所】素人の乱12号店・きたなかホール(高円寺)
杉並区高円寺北3丁目8-12 フデノビル2F 奥の部屋
(北中通り沿いアヤマ接骨院脇の階段を昇って奥)
http://trio4.nobody.jp/keita/shop/12/map.html
【料金】資料代500円+投げ銭(自由意思)
| 7月 ’11 |
| 15 |
| 7:00 PM |
もう,逃げた方がいいのだろうか.このまま住み続けて,健康被害の不安に苛まれ続けるよりも…….
3月11日の原発震災発生後いち早く,仙台から小学生の子供を連れての「避難」という選択をした早尾貴紀さんは,避難先の関西から,仙台に残った知人や友人たちを「脱出」させるために,あらゆる手段を尽くし、 現在も福島県や宮城県の汚染地域で不安とともに暮らしつづけている人々のために,「疎開」のための知識と手段を提供しつづけている.
これまでユダヤ人とパレスチナ人、ふたつのディアスポラの悲劇的な衝突の中から生み出される思想に関心を集中してきた早尾さん.その早尾さんの眼に,すでに危険なレベルの汚染地域となりつつある東京のわたしたちの姿は,どのように映っているだろう?
※アーカイブを公開しました。
【お話し】早尾貴紀(イスラエル/パレスチナ思想史)
【聞き手】浜邦彦(カリブ/ディアスポラ研究)
【日時】7月15日(金曜日)19時~21時
【場所】素人の乱12号店・きたなかホール(高円寺)
杉並区高円寺北3丁目8-12 フデノビル2F 奥の部屋
(北中通り沿いアヤマ接骨院脇の階段を昇って奥)
http://trio4.nobody.jp/keita/shop/12/map.html
【料金】資料代500円+投げ銭(自由意思)
【中継】http://www.ustream.tv/channel/7684094
「汚染される私の選択」.それは3月の原発爆発事故によって「汚染された」という完了形ではなく,いまなお進行中の,現在形・未来形の「汚染される私」の問題である.私は逃げるのか,とどまるのか.とどまるほかない人たちに,逃げろと言うことができるのか.私は汚染された食品を食べるのか,避けるのか.私が食べなければ,誰かがそれを食べさせられるのではないか.私は子どもを産みたい,産んでほしいと,自分にも相手にも,ほかの人たちにも,言うことができるのか.
原発震災は,その影響が及ぶ先々で,このようなジレンマを人々に強いることによって,家族やコミュニティを引き裂いている.
フクシマの悲劇は,まだ始まったばかりだ.これから明らかになる影響の深刻さを前にして,わたしたちはいよいよ,言葉を失うかもしれない.
今回の地下大学では,そうした苦悩の中で,わたしたちがとりうる選択とは何かを,徹底して語り合ってみたい.(文責:浜邦彦)
| 5月 ’11 |
| 28 |
| 3:00 PM |
◉「地下大学」への招待
「徹底討議 地下の中東」
5月講義@素人の乱12号店
5月28日(土)15時から
資料代500円+投げ銭
「タハリール広場からアズハル大学まで──エジプトの人びと」
山本薫(アラブ文学)+本山謙二(南島史、音楽論)
アラブ中東の「革命」は今始まったばかりだ。
原発震災の暗い雲が頭上を覆う中で、「フクシマ」は「タハリール」と
絡み合う地球的な運動表象になった。
この2011年に二つの巨大な出来事が同時進行する、その只中に私たちは生きている。
その綾なすものが延びて行く先はまだ誰にも見えていない。
今は、二つの場所の名に降り積もった「時」を丁寧に解きほぐしていこうと思う。
過ぎた20世紀から今日まで、あの広場で何が起き、どんな歌を人々が謡い、何を語り、
どんなジョークで大笑いしたのか?
「タハリール」は地下で「高円寺」や「フクシマ」と、どう繋がっているのか?
それを、この場所で共に語り合いたいという爆発的な欲求が私たちにはある。
ぜひ、お集まりください。
| 4月 ’11 |
| 28 |
| 7:00 PM |
◉再開「地下大学」への招待
「徹底討議 地下の中東」
4月講義@素人の乱12号店
4月28日 19時から
資料代500円+投げ銭
佐々木中さんへの手紙───エッセイ風の導入として
平井玄
私が佐々木中さんの言葉に初めて触れたのは、酒井隆史くんたちのVOL Collectiveによる『lexicon』(2009年、以文社)として編まれたキーワード集の中で、「フーコーとイラン革命」について書かれた項目でした。
他のメンバーたちのほとんどは街頭や研究会で顔を合わせている人たちばかり。ところがこの見知らぬ人物は、「現代思想系」とまるでひとつのマーケットのように呼び倣わされる場所ではまず語られることのない「イスラーム」について書いている。しかもその言葉は、短いながら極めて印象深いある種の「くぐもり」と「翳り」を濃厚に帯びていました。
フーコーが1980年に書いた「イラン・イスラーム革命」への詩的な讃美ともとれる論考が生涯の汚点のように語られてしまう。さらに末期の病床で「ヨーロッパ」に回帰し「自己への配慮」というギリシア的な境地に到達したとされる。そうした教科書的な語り方への激しい苛立ちが文面に沸き立っている。加えて「イスラーム」や「宗教」への何か独特の視線。「革命」という言葉がまるで漆黒の夜空に瞬くような文章でした。確かに、今やそうした哲学者たちの幾人かはそれこそ高校「倫理」のテクストで取り上げられている。VOLのグロサリー(用語集)そのものがそうした安全化への抵抗に違いないでしょう。その中でも、関節が外れたような独異なリズムを持つ矢部史郎のそれとは別の意味ではっきりと記憶に残っている。ページから弾け出るような不穏を秘めた文章でした。
「これを書いたのは誰だ?」
それより前の2008年に出版されていた『夜戦と永遠』を手にしたのはこのもう少し後です。そして未だに読み続けている。簡単には消化しない。消化などできない異物というべきです。そういう遠くから鈍く響きわたるものへの愛好が間違いなく私にはある。
そのうちに『切りとれ、あの祈る手を』(河出書房新社、2010年)が現れる。それらに読み耽り、また訥々と読み留まるうちに、「これは啓典の語りに似ているな」という思いを抱きました。モーセ五書をはじめ中央アジアから東地中海域にかけての宏大な空間から蝟集してきた「旧約」と名づけられた古叢書群、ナザレからやって来た私生児イエスの言行録の数々、そしてメッカに生まれメッカと対立したムハンマドの「クルアーン」として読み謳われる啓示集。そのハードボイルドな語りに似た口吻が聴き取れる。預言者たちを私たちの元に引き寄せるために「ハードボイルド」という言い方を敢えて選びましょう。
それらは「宗教」ではない。死地に直面した人々を励起させる言葉の群がりというべきです。そして人間の歴史に大きな「信」を問いかける言葉はいつも底深い「静けさ」を湛えている。その意味でそれは「革・命」の言葉なのです。生きようとする者たちの命を革める、天地と人との盟約を大きく革める言葉。「革命」という言葉の解釈権をマルクスの後継者たちが独占していた20世紀は無惨な形で終わったというべきでしょう。しかしそれは広告のレトリックではない。全世界で多くの者たちがその実現に生涯のすべてを賭けたこの言葉を、より宏大な人類史の中で再定義すべき時が来ているのは間違いないのです。
この著者は、そうした「革命」の思想史の一端として「現代思想」なる奇妙な名を冠された哲学者たちの仕事を読み継ごうとしている。だからラカンの破綻を、ルジャンドルの疎隔を、フーコーの蹉跌を大胆に語ることになるのでしょう。ドゥルーズ/ガタリが歩んだ屈曲の理路もその視野に入ってくる。そうである以上、読み解きの視野はフランスや西欧世界に留まるものではない。まさにこの点に、この帝都の最も猥雑なる街のひとつでそれと知らずにアジア諸民族の混濁の中で生きた、たった半径1キロの視野しかない私のような人間がゆっくりと反応したのです。
───今「事態」は私たちの前にある。遠くマグレブからマシュリクへと響きわたっていく「タハリール!」(解放)の轟き、さらに私たちを呑み込もうとしている地塊の震えと原子の狂乱、このふたつの波動が交錯する場所で私たちは暮らしているのです。大群衆の広場から、汚染された村から「言葉」の気配が伝わってくる。「文学」が必要とされる秋(とき)が来ている。こうした「事態」の中で共に語り合いたいと思っています。
(2011年4月23日)
| 3月 ’11 |
| 25 |
| 8:00 PM |
| 4月 ’11 |
| 28 |
| 7:00 PM |
| 5月 ’11 |
| 28 |
| 3:00 PM |
◉再開「地下大学」への招待
「徹底討議 地下の中東」
───3・4・5月連続講義@素人の乱12号店
資料代500円+投げ銭
1)3月25日 20時から
「レヴォリューション・ナウ!───千のタハリールへ」
イルコモンズ(文化人類学、映像アクティヴィスト)+木下ちがや(政治学)
2)4月28日 19時から
「ついに帰ってきた〈黒いアテネ〉───その思想史的地殻変動」
佐々木中(理論宗教学、小説家)+平井玄(半径1キロの思想家)
3)5月28日 15時から
「タハリール広場からアズハル大学まで───エジプトの人びと」
山本薫(アラブ文学)+本山謙二(南島史、音楽論)
▶お立ち会いの皆さま、お久しぶりです。
「非正規労働者のための、非正規教員による、非正規大学──地下大学」を再開します。
西山雄二さんを呼んで映像『哲学への権利』を観る会を催したのが2010年の1月、その前ブランクの多い半年も含めて既に2年近く経っています。失職、移動、病気、雇い止め、とプレカリアな人間たちに相応しい非恒常性ですが、再びこうした「アンダーグラウンドな学び」の場が必要な時が来ました。
フリーター運動やオルター・グローバル運動が停滞し、喧しいストリート右翼が現れたこの2年間が「民主党時代」だったのは偶然ではないでしょう。菅直人は「小泉化」したというより、アメリカ戦争追従+新自由主義の遅すぎた「トニー・ブレア化」した。温いNPO型新福祉+ソフト・ネオリベによるギデンス的「第三の道」が有効に見えた時は完全に過ぎたということです。オバマも同じこと。こうして全世界でnext movementが模索されている中に私たちはいます。
チュニジアやエジプトに始まる「アラブ大騒乱」もそのひとつの反応でしょう。もちろんアメリカの操作はある。インテリジェンス機関は「反グロ」の10年間から多くを学んでいる。「富裕なカイロ・アメリカン大学生による欧米志向の運動で、ナセル以来のアラブ主義に対する世代間闘争」という報告もある。しかし、それだけでタハリール広場に100万人も人びとが集まるというのか?
たしかにこういう動きを、表面的なアラブ主義やイスラム主義で説明するのはもはや月並みなクリシェです。だが事実としてチュニジアやエジプトこそ、この地域における新自由主義のモデル国家とされたのがこの10年でした。石油資本とIT資本の諍いを超えて、その底流にオルター・グローバル運動への応答が潜んでいるのは間違いありません。
それとともにマーティン・バナールのいう「黒いアテネ」が逆流してきたのではないか。西欧精神の起源とされるギリシアの社会を造り出したのは、北アフリカやアラブに囲まれたレバント(東地中海圏)だったと捉える思想地理の書き換えの中から、こうした変動を見つめる必要がある。
アラブ、アフリカ、ヨーロッパ、アジアという分割を超える思想史的な含意とオルター・グローバル運動、その両者の絡み合いの中から考えようという3回連続討議です。吉野家の牛鍋丼は280円、地下大学は500円。ワンコインで、大きく深く抉り出す思考と運動が緊急に要請されているのは間違いないでしょう。
| 1月 ’10 |
| 25 |
| 7:00 PM |
── 大学の外/哲学の地下
・西山雄二(監督 / 哲学)平井玄(音楽批評)、白石嘉治(上智大学)
・1月25日(月)上映=19:00~20:35 / 討論=20:45~22:00
・高円寺・素人の乱12号店・北中ホール (地図)
・資料代500円+出来れば投げ銭
映画『哲学への権利』公式HP ⇒ http://rightphilo.blog112.fc2.com/
1983年、ジャック・デリダらが脱構築の論理をもとにパリに創設した半官半民の独創的な研究教育機関「国際哲学コレージュ」をめぐる初のドキュメンタリー映画。収益性や効率性が追求される現在のグローバル資本主義下において、哲学や文学、芸術などの人文学的なものの可能性をいかなる現場として構想し実践すればよいのか。監督・西山雄二が歴代の議長を含む関係者7名へのインタヴューを通じて、大学、人文学、哲学の現在形と未来形を描き出す。
国際哲学コレージュが受け入れてきた数々の革新は、根底的に変容しつつある世界へと思考をたえず開いてきた。この意味で、映画『哲学への権利』は「世界を変化させる」作業に対するきわめて貴重な貢献である。こうした変化の端緒が開けるのは、「世界」が意味するものの「解釈」を通じて、つまり、「国際」や「哲学」が意味するものの解釈を通じてなのだから。──ジャン=リュック・ナンシー
多種多様な角度からの鑑賞が要求される、哲学に関するたぐい稀な映画。私たちは、現代哲学が引き受けるべき責務を、西洋と非西洋という言説を乗り越えた世界を体現するという現代哲学の責任をたしかに思い出す。──酒井直樹
映画『哲学への権利』は過去の映画ではない。現在の世界における哲学の状況を問いながら、本作品が描き出すさまざまな方向性は、まちがいなく、未来の思考にとっての重大な指針となるだろう。──カトリーヌ・マラブー
出演:ミシェル・ドゥギー、フランソワ・ヌーデルマン、ブリュノ・クレマン、カトリーヌ・マラブー、フランシスコ・ナイシュタット、ジゼル・ベルクマン、ボヤン・マンチェフ
音楽:matryoshka (Novel Sounds)
監督:西山雄二
特別協力:国際哲学コレージュ
助成:文部科学省研究費補助金若手B課題番号20720002
後援:東京大学グローバルCOE「共生のための国際哲学教育研究センター(UTCP)」
上映時間:93分 フランス語(日本語字幕付)
| 7月 ’09 |
| 20 |
| 2:00 PM |
── ウヨ・フリーターの根拠を抉り取るために
・「秋の嵐」の映像記録 鹿島拾市 speaks
・ドキュメンタリー「新宿1970」 藤田五郎 speaks
・7月20日(月・休日)14~18時
・素人の乱12号店・北中ホール
・資料代500円+出来れば投げ銭
この数年来、フリーター運動、素人の乱、「自由と生存の家」
そして様々なフリースペースを徘徊する訳の分からない人びと、
「新青年/新女性」たちが都心部に現れている。
その一方で、埼玉の蕨で起きた排外デモのような排除の動きも、
ネット社会の巨大なゴミ箱の中から這い出してきた。
私たちの生きる「地理」は今、明らかに変貌しようとしている。
68年世代には理解できない少年・少女たちの運動が都市の路上に現れたのは、
1980年代終わりの「秋の嵐」からだったと思う。
彼らが出没した原宿は、当時半蔵門線が関東のディープ北部まで開通したばかり。
そのラインに乗って、郊外の低所得ローティーンたちが「竹の子族」やpunksとして集まり、
歩行者天国では隣にイラン人たちの一時的なコミュニティも生まれていたのである。
それでも竹の子族や家出少女たちは、中東から来た人たちを叩き出そうとはしなかった。
無惨な原理主義と化した「68年」の残照が消えた頃、新しい地理の運動が現れる。
しかし、「68年」そのものが新宿を中心とした「新青年/新女性」たちの大爆発だったのである。
新宿ー原宿ー高円寺と、大きく湾曲する都市空間の中で欲望する運動は動き続ける。
「1970年」の1年間で急激に変貌する新宿の街を撮ったNHKドキュメンタリーや、
「秋の嵐」による原宿路上でのスピーカーズ・コーナーを記録した80年代の映像を見ながら、
「ウヨ・フリーター」が出現する根拠を思い切り深く抉り取りたい。
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